サガン鳥栖原理主義者から愛好家へ転身した30男のblog
2000年末、彼は浦和が1年でのJ1復帰を決めた試合を見て、J2で下位に沈む、サガン鳥栖というチームの存在を知ったそうだ。
当時、お金も無くビジョンも無い悲惨な状態のチームに、彼はレギュラーGKが移籍したための頭数あわせとして、セレクションから入団。
1年目は試合出場なし。初めてGKとしての本格的なプロコーチによるトレーニングを受ける。この時点で23歳〜24歳。プロサッカー選手としてはかなりのハンデを背負った状態であった事は間違いない。
2年目、山口らとの併用ながら徐々にメンバーに入り始め、試合にも使われるようになる。約半数の試合で先発し、チームの9位という成績に貢献。
ちなみに12チーム時代のJ2(2001〜2005)では、2002年はチーム2番目の "好成績"であった。またチーム史上初めて勝ち数と引き分け数を足した数が負け数を上回った年でもあり、引き分けが多かったが最後尾から粘り強い守備に貢献した。(同様に「(勝ち数+分け数)>負け数」となった年は2005年と2006年のみ)
2003年は体制がめちゃくちゃ。しかし大ベテランの高橋選手にプロとしての心構えを学んだ、と聞いた。正直な所、高橋選手のプロ選手としての評価は自分の中で低かったが、彼のプロとしてどんな状態であっても手を抜かない姿勢が、GK陣の成長、特に彼の成長の助けになった聞いている。
2004年から3年間、怪我さえなければ彼はサガン鳥栖の正GKであった。
どんな試合でも手を抜かず、最後尾から叱咤激励し続けた。喜怒哀楽を全身で表現する様は、彼のプレーの熱さを体現していた。何時しか、彼がサガン鳥栖の最後尾に居る事が当たり前のように感じていた。
そんな彼が契約で揉めていると言うことを聞いたのは昨年末の事であった。彼の人生は彼が決める、それは正しい事だし仕方ないと考えた。どんな理由であっても、仕方ないと感じた。
しかし、彼が実際に移籍リストに掲載され、そして移籍が、しかもJ2の別チームへの移籍が正式に発表された時、言いようの無い寂しさを感じた。
自分はサガン鳥栖の選手の移籍、ステップアップは大歓迎、、、とまでは言わないが、ステップアップならばどこに行っても諦めがつく。戦力外での移籍ならば仕方が無い。対戦相手になるJ2のチームでも、一つでも上のリーグてプレーして貰いたいと言う気持ちになる。そういう意味合いでは孝明の水戸移籍はとても嬉しかった。
しかし彼の移籍は諦めがつかない。なぜ同じJ2なのか?
彼の場合は移籍する事を自ら望んだ。その行き先が同じJ2の仙台。確かに鳥栖よりは経営規模は大きいかも知れないが、鳥栖から今現在の仙台に移籍することは彼にとってステップアップと言えるのであろうか?私の(高橋選手以降の)仙台のGKのイメージは出来上がったGKを外から獲得し、ひどい言い方をすれば壊すイメージしかない。(もちろん勝手に衰えたとも言えるが、仙台でGKが成長した、というイメージは無い)もちろん、お金が無い、観客も多くはなったがまだ少ないチームの僻みでしかないが。
彼には個人的に応援していたし、サガン鳥栖の心のよりどころとして、サガン鳥栖でいつかJ1に上がって欲しかった。苦しかった、どん底だった時に希望を見出せた数少ない選手として、サガン鳥栖で現役を終えて欲しかった。だけど、それはサポーターの勝手な思いであり、彼と彼の家族の人生は、彼が決めるしかないのだ。そして彼の決断は、環境を変えること、だった。
彼が対戦相手として目の前に居た時に、自分はブーイングも拍手も何も出来ないと思う。自分は、自分の恋人に振られたからといって文句や不満をぶつける様な、そんな気持ちはもてない。かといって表面上で、応援してるから頑張れ、等といえない。
そう、サポーターとしての自分は、彼に振られてしまったのだ。
これからはただ、シュナイダー潤之介という選手の幸運を心の中で祈るだけだ。
バイバイ、シュナ潤。
当時、お金も無くビジョンも無い悲惨な状態のチームに、彼はレギュラーGKが移籍したための頭数あわせとして、セレクションから入団。
1年目は試合出場なし。初めてGKとしての本格的なプロコーチによるトレーニングを受ける。この時点で23歳〜24歳。プロサッカー選手としてはかなりのハンデを背負った状態であった事は間違いない。
2年目、山口らとの併用ながら徐々にメンバーに入り始め、試合にも使われるようになる。約半数の試合で先発し、チームの9位という成績に貢献。
ちなみに12チーム時代のJ2(2001〜2005)では、2002年はチーム2番目の "好成績"であった。またチーム史上初めて勝ち数と引き分け数を足した数が負け数を上回った年でもあり、引き分けが多かったが最後尾から粘り強い守備に貢献した。(同様に「(勝ち数+分け数)>負け数」となった年は2005年と2006年のみ)
2003年は体制がめちゃくちゃ。しかし大ベテランの高橋選手にプロとしての心構えを学んだ、と聞いた。正直な所、高橋選手のプロ選手としての評価は自分の中で低かったが、彼のプロとしてどんな状態であっても手を抜かない姿勢が、GK陣の成長、特に彼の成長の助けになった聞いている。
2004年から3年間、怪我さえなければ彼はサガン鳥栖の正GKであった。
どんな試合でも手を抜かず、最後尾から叱咤激励し続けた。喜怒哀楽を全身で表現する様は、彼のプレーの熱さを体現していた。何時しか、彼がサガン鳥栖の最後尾に居る事が当たり前のように感じていた。
そんな彼が契約で揉めていると言うことを聞いたのは昨年末の事であった。彼の人生は彼が決める、それは正しい事だし仕方ないと考えた。どんな理由であっても、仕方ないと感じた。
しかし、彼が実際に移籍リストに掲載され、そして移籍が、しかもJ2の別チームへの移籍が正式に発表された時、言いようの無い寂しさを感じた。
自分はサガン鳥栖の選手の移籍、ステップアップは大歓迎、、、とまでは言わないが、ステップアップならばどこに行っても諦めがつく。戦力外での移籍ならば仕方が無い。対戦相手になるJ2のチームでも、一つでも上のリーグてプレーして貰いたいと言う気持ちになる。そういう意味合いでは孝明の水戸移籍はとても嬉しかった。
しかし彼の移籍は諦めがつかない。なぜ同じJ2なのか?
彼の場合は移籍する事を自ら望んだ。その行き先が同じJ2の仙台。確かに鳥栖よりは経営規模は大きいかも知れないが、鳥栖から今現在の仙台に移籍することは彼にとってステップアップと言えるのであろうか?私の(高橋選手以降の)仙台のGKのイメージは出来上がったGKを外から獲得し、ひどい言い方をすれば壊すイメージしかない。(もちろん勝手に衰えたとも言えるが、仙台でGKが成長した、というイメージは無い)もちろん、お金が無い、観客も多くはなったがまだ少ないチームの僻みでしかないが。
彼には個人的に応援していたし、サガン鳥栖の心のよりどころとして、サガン鳥栖でいつかJ1に上がって欲しかった。苦しかった、どん底だった時に希望を見出せた数少ない選手として、サガン鳥栖で現役を終えて欲しかった。だけど、それはサポーターの勝手な思いであり、彼と彼の家族の人生は、彼が決めるしかないのだ。そして彼の決断は、環境を変えること、だった。
彼が対戦相手として目の前に居た時に、自分はブーイングも拍手も何も出来ないと思う。自分は、自分の恋人に振られたからといって文句や不満をぶつける様な、そんな気持ちはもてない。かといって表面上で、応援してるから頑張れ、等といえない。
そう、サポーターとしての自分は、彼に振られてしまったのだ。
これからはただ、シュナイダー潤之介という選手の幸運を心の中で祈るだけだ。
バイバイ、シュナ潤。
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無題
ちょっと失礼しますよ。
>私の(高橋選手以降の)仙台のGKのイメージは出来上がったGKを外から獲得し、ひどい言い方をすれば壊すイメージしかない。(もちろん勝手に衰えたとも言えるが、仙台でGKが成長した、というイメージは無い)
これはいくらなんでも酷すぎやしませんか。高橋も高桑もうちが壊して戦力外にしたんでは無いですよ。
ノリヲはJFLの頃はメンバーに入ることすら難しかったのに、だんだんと成長していった。高桑も加入当初はサブGKだったのに絶対神になりました。ことしの経済的問題から契約することが難しくなりました。第3GKもみるみる成長していっています。「壊す」などということは一度もありません。
シュナのことで「仙台」をボロ糞いうのは構いません。
が、涙ながらに去っていった選手や所属してくれている選手を衰えたなどと悪くいうのはやめてください。
シュナの諸々のコメントは自分も言いすぎじゃないかと思うことはあります。
移籍の事実は色々ありますが、お互い「応援」していきましょうよ。
>私の(高橋選手以降の)仙台のGKのイメージは出来上がったGKを外から獲得し、ひどい言い方をすれば壊すイメージしかない。(もちろん勝手に衰えたとも言えるが、仙台でGKが成長した、というイメージは無い)
これはいくらなんでも酷すぎやしませんか。高橋も高桑もうちが壊して戦力外にしたんでは無いですよ。
ノリヲはJFLの頃はメンバーに入ることすら難しかったのに、だんだんと成長していった。高桑も加入当初はサブGKだったのに絶対神になりました。ことしの経済的問題から契約することが難しくなりました。第3GKもみるみる成長していっています。「壊す」などということは一度もありません。
シュナのことで「仙台」をボロ糞いうのは構いません。
が、涙ながらに去っていった選手や所属してくれている選手を衰えたなどと悪くいうのはやめてください。
シュナの諸々のコメントは自分も言いすぎじゃないかと思うことはあります。
移籍の事実は色々ありますが、お互い「応援」していきましょうよ。
無題
仙台方面の方がみれば絶対こういうコメントが出ると言うことは覚悟しております。
あくまでも私が見たイメージはそういうものです。
決して高桑や小針を悪く言っているわけではなく、仙台でGKが「育った」イメージは無い、と言っているわけです。
個人的には仙台には良くして貰っている友人も居て悪いイメージは持っていません。
ただ、これまでの自分のシュナに対して6年間のサポートした気持ちがあり、その上で誰から見てもいい移籍だったら心から祝福してあげたいですが、現時点では複数あった選択肢の中でいい選択をした移籍だったとは思えません。
まあ、私の考えを変えるぐらい、シュナや仙台の選手を応援してやってください。
私もシュナの移籍は誰から見てもいい移籍だったと長い目で見て言える位の活躍をお祈り申し上げます。
あくまでも私が見たイメージはそういうものです。
決して高桑や小針を悪く言っているわけではなく、仙台でGKが「育った」イメージは無い、と言っているわけです。
個人的には仙台には良くして貰っている友人も居て悪いイメージは持っていません。
ただ、これまでの自分のシュナに対して6年間のサポートした気持ちがあり、その上で誰から見てもいい移籍だったら心から祝福してあげたいですが、現時点では複数あった選択肢の中でいい選択をした移籍だったとは思えません。
まあ、私の考えを変えるぐらい、シュナや仙台の選手を応援してやってください。
私もシュナの移籍は誰から見てもいい移籍だったと長い目で見て言える位の活躍をお祈り申し上げます。